腰痛予防
腰痛は、働く人が業務においてり患することが最も多い疾病であり、全業務上疾病のうち約6割を占め、これを予防することは労働衛生分野における重要な課題となっています。
腰痛予防
1 腰痛とは
人間の背骨は、24個の短い椎骨から成り立ち、椎骨は椎間板により結びついています。24個の椎骨は、頭部に近いほうから7個の「頸椎」、12個の「胸椎」、5個の「腰椎」に分類され、「腰椎」は「仙骨」と「尾骨」へと続きますが、いわゆる「腰(腰部)」は、この「腰椎」部分を指します。そして「腰痛」とは、疾患名(病気の名前)ではなく、腰部を主とする痛みやはり等の違和感、不快感といった症状の総称で、労働者に発生する腰部の痺痛等は「職業性腰痛」若しくは単に「腰痛」と呼称されています。
腰部の痛みを愁訴とする疾患は数多くありますが、労働者に生じる腰痛の多くは、腰背部の筋肉・筋膜・靭帯等の軟部組織及び椎間板の損傷や慢性疲労に起因し、大半が急性腰痛です。但し、これらの腰痛に対する医師の診断は一様でなく、診断名から腰痛の発生原因を辿ることは困難です。
腰痛は、重量物の取り扱い作業、腰部に過度の負担がかかる立ち作業、座作業、福祉・医療分野における介護・看護、長時間の車両運転等、前屈・ひねり等の有害な姿勢で行う作業、静的な拘束姿勢が多い作業、前進振動・衝撃・動揺を受ける作業等、あらゆる職種で発症しています。
2 職業性腰痛の発生状況
職場における腰痛は、「4日以上の休業を要する職業性疾病」のうち、約6割を占める労働災害です。腰痛の発生が多い業種の全業種に占める割合を見ると、商業(小売業)で12.1%、運輸交通業(道路旅客・貨物運送業)で12.9%、保健衛生業(社会福祉施設、医療保健業)で26.6%となっています(2011年「労働者死傷病報告」より)。
一方、2002年から2012年までの推移を見ると、運輸交通業(道路旅客・貨物運送業)は2008年をピークに減少傾向にあり、商業(小売業)も2008年をピークに減少傾向にあります。しかし保健衛生業では、医療保健業が横ばいであるものの、社会福祉施設では、2002年の363件から2011年は1002件と、約2.7倍に増加しているのです。2000年の介護保険制度の導入以降、介護労働者数は1.7倍程度に増加していますが、腰痛は労働者数の増加を上回るペースで発生していることになります。
3 職場における腰痛予防対策指針
職場で腰痛を訴える労働者はなかなか減少しません。そのため、健康管理だけでなく、職場における腰痛を発生させる可能性のあるリスク因子(危険源、ハザード)の排除若しくは減少せしめることを目的とし、平成25年6月「職場における腰痛予防対策指針」が19年ぶりに改訂されました。
改訂指針は、腰痛予防対策として、リスクアセスメントの手法と、それに基づく労働安全衛生マネジメントシステムを提唱しています。リスクアセスメントは、労働者が行う作業のそれぞれについて、危害の発生(腰痛の発生)につながるリスク因子(危険源、要因)を明らかにし、傷病の重篤度(腰部への負荷の程度)や傷病の発生確率を、作業頻度や時間等から想定し、一つずつの作業のリスクの大きさを評価し、リスクの大きなものから対策を検討し、実施するものです(労働安全衛生法第28条の2)。また、労働安全衛生マネジメントシステムは、事業場がリスクアセスメントの取り組みを組織として、PDCAを廻しながら継続的に実施する仕組みです(労働安全衛生規則第24条の2)。
尚、当該指針では、一般的な腰痛の予防対策を示したうえで、腰痛の発生が比較的多い、①重量物取扱い作業、②立ち作業、③座り作業、④福祉・医療分野における介護・看護作業、⑤車両運転等の5つの作業について、腰痛の予防対策が示されています。
4 福祉・医療分野等における腰痛予防
改訂「職場における腰痛予防対策指針」では、特に福祉・医療分野等における介護・看護作業について、「高齢者介護施設・障害児者施設・保育所等の社会福祉施設、医療機関、訪問介護・看護、特別支援学校での教育等で介護・看護作業等を行う場合には、重量の負荷、姿勢の固定、前屈等の不自然な姿勢で行う作業等の繰り返しにより、労働者の腰部に過重な負担が持続的に、又は反復して加わることがあり、これが腰痛の大きな要因となっている」と指摘され、事業者に、以下の対策を講じることが求められています。
[1]腰痛の発生に関与する要因の把握
[2]リスクの評価(見積もり)
[3]リスクの回避・提言措置の検討及び実施
① 対象者の残存機能等の活用
② 福祉用具の利用
③ 作業姿勢・動作の見直し
④ 作業の実施体制
⑤ 作業標準の策定
⑥ 休憩、作業の組合せ
⑦ 作業環境の整備
⑧ 健康管理
⑨ 労働衛生教育等
[4]リスクの再評価、対策の見直し及び実施継続
尚、福祉・医療分野等において、労働者が腰痛を生じやすい方法で作業することや腰痛を我慢しながら仕事を続けることは、労働者と対象者双方の安全確保を妨げ、更には介護・看護等の質の低下に繋がるため、いわゆる「新福祉人材確保指針」(平成19年厚生労働省告示第289号「社会福祉事業に従事する者の確保を図るための措置に関する基本的な指針」)においても、「従事者が心身ともに充実して仕事が出来るよう、より充実した健康診断を実施することはもとより、腰痛対策などの健康管理対策の推進を図ること」とされており、人材確保の観点からも、各事業場においては、組織的な腰痛予防対策に取り組むことが求められています。
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